シンプルがもたらす幸せ

“夢”?それとも“安定”? これからの人生を楽しむうえで

  • 夢よりも安定を選ぶ人が多い。なぜか?
    自信がないからでもあるだろう。環境的困難のせいだったりもするだろう。しかし、『安定=幸せ』とか『平凡が一番』とかいう思想による部分がやはり大きいと思う。
    では、人はなぜ「安定」や「平凡」を幸せと感じるのか?
    昔は「安定」や「平凡」が十分に得難いものだったせいもあるだろうが、現代においては困難ではなく、こういう昔からの教えに引きずられている人もいるだろう。
    そういうのは論外として、人の意識からなかなか拭い切れないのが『将来への不安』の思いだろう。
    「将来への幸せ」とか「老後の安定」とか、そういうもののために冒険を避け、資金をコツコツ貯めて、夢を諦めている人が非常に多いと思う。
    今回はその考えを一喝だ。
    “自分の将来にたいしたことなんてない!”
    あなたが仮に人生の半分を生きたとして、これまでは結構盛りだくさんのイベントがあっただろう。でも残りの半分はどうだ?まあせいぜい子供の出産(孫の誕生)くらいを挟んで、あとは臨終の場面だ。つまり、人生を12回完結のドラマだとしたら、もう10話くらいまで進んでいて、残りは2話くらいのものだ。しかも、さすがに最終回くらいは盛り上がるだろうから、あなたの辛抱はせいぜい残り1話のためだけのものなのだ。
    でもこの人生というドラマは、夢に向かってチャレンジしていけば“好評につき継続”ってことになる仕組みなんだとわたしは思う。毎日毎日を決断してチャレンジしていけば、13話が14話になり、20話、30話・・・と伸ばしていけるものなのだとわたしには思えるのだ。だからわたしは「将来のために」なんて考え方はしない。年数さえ残っていれば「先が長い」訳でないことにも、安定を選べばたいしたドラマが待っていないことにも、いつか気づいてしまったからなのだ。

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親しみやすい女がもてるという話のウソ

私は10年以上も前(メイクの仕事の傍らで)カップリングパーティーを主催していたことがある。いわゆる「ねるとんパーティー」だ。
裏側から見る「ねるとん」は本当に興味深いものだが、その中でも毎度毎度「?」と思いながら見てきた現象がある。

そのパーティーでは毎回「第一印象」を集計するのだが、その結果は極めて単純明快。キレイで目立つ少数の女の子だけがもてている。なのに最後の告白時には結構バラケルし、パッとしない女の子に「ちょっと待った!」が集まったりもするのだ。最初は「へえ~、親しみやすい女の子がもてるっていうのは本当だったのか~?」と思ったりもしたが、後から男の子と話す機会を持つうち、これが全然違うことがわかってきた。
彼らの本音は「第一印象の子は、最初から自分にはムリだと思っていた」「あの子ならいけそうな気がしていた」であり、つまり妥協の産物なのだ。「なんと情けない男どもが!」と思う。「男なら当たって砕けろ!」言いたくなる。というか、わたしは実際、そう男の子に言ったと思う。
しかし、それよりもっと怖いのは、いわゆる「親しみやすい女の子」が、相次ぐ「ちょっと待った!」の声に、幸せ絶頂、得意満面の顔で「ああどうしよう。あなたもあなたも私が好きなのね。あなたはすてき、あなたもやさしい人。でも誰かを選ばなきゃいけないの。他の皆さんごめんなさい。私この人を選ぶわ」と差し出した手で選ばれた当の男の子が「あ~あ!」なんて思っていることなのだ。だってその男の子がカップルになって帰りながら考えることは「第一印象の女の子に行っとくべきだったかな~」に決まっているもの。
だからわたしはいつも「女はキレイであって損をすることは何もない」と言っている。そして「親しみやすいことで私はもてている」と思っている女たちに言おう。「そんな自分に自信のない男性に妥協の上で告られても全然ダメ。だってその人は出世もしないし浮気願望も強いから。それよりもっとおしゃれをしなさい。そうすれば自信のある男性だけが告白してくるから、つまらない男をつかんでしまう心配もない。そして告白される数は減っても、その陰で、無数のつまらない男たちがあなたの美しさの前に勝手にリタイアしているの。これをモテルと言うのよ」と。